中家堂の歴史

 昭和初期


 -戦争、空爆、終戦、-


  熊谷の市街地は昭和20年8月14日、終戦日の前日に空襲を受け大きな被害を受けました。


熊谷 終戦焼け跡地
     残ったものは、蔵が1つと、石灯篭一つだけ


     中家堂も 土蔵造りの店舗をはじめ、隣のお茶屋、蔵も二つ
     焼失してしまいました。
     残ったものは蔵が一つと石灯篭一つだけ。
     二代目もこの空襲による火災で焼死してしまいました。
     また、中家堂に古くから伝わる道具や帳面、約300はあっ
     たと言われる菓子木型などもすべて失うこととなったのです。




  さらに6年後の昭和26年、3代目が急逝します。
  誰かがやらねばという思いから、中家堂は支店の主人たち全員が本店に戻り、わずかな配給をすべて持ち
  合わせて、ただ一つ残った蔵の中で細々とせんべいを焼き続けることにしました。
  「作り続けることがお客様を手放さないために絶対に必要」との考えから、4代目が育つ昭和36年まで
  3代目の妻と職人たちがが中家堂を支えたのです。


●写真提供 中村写真館


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